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うまくなる とは?



8年前、インスタグラムを始めたのは、カットモデルに出会い、研鑽を積み、「うまくなる」ためでした。

当時、息子は7歳、娘は3歳。

子供たちとの時間を優先したい時期でした。


その頃の美容業界には、

どこか「一人の力では上手くなれない」という空気があったように思います。


上手くなりたい。でも、子供とも一緒にいたい。

でも、一人では上手くなれないと言われる。


本当にそうなのだろうか。




私は昔から、趣味で絵を描いていました。

ただ一人で紙に向かい、思い描いた絵になるまで、手を動かし続ける。

その作業自体が好きで、ただ夢中で描いていました。


当時の私は、「上手くなりたい」というより、

「ああ、これいいなあ」

という感触を追いかけていたのだと思います。


ありがたいことに、絵が売れたり、イラストの仕事をいただけることもありました。

でもその頃の私には、「上手いとは何か」という明確な定義はありませんでした。



そんな時、あるイラストレーターが、

自分の絵を一週間ほど目につかない場所にしまい、

先入観が消えた頃に見返して、クオリティを確認する。

という工程を経ていることを知りました。


それを聞いて私は、

「自分の作品を、できるだけ客観的に観察する」

ということを意識するようになります。


描いたものを見返し、どう感じるか。

そこから次に湧いてくる、

「もっとこうしたい」を観察する。


その感覚を、美容の仕事にも持ち込みました。

インスタグラムの投稿やストーリーに、

カットさせていただいた方々の写真や、練習ウィッグを載せていく。


その中で私は、

切らせていただいた方の存在感や表情が、「素敵だな」と感じられるか。

このカットを、「これが私の仕事です」と胸を張って言えるか。

それを基準に、作品を上げるようになっていきました。


当時の目標は、

「切らせてくださるすべての人を、作品として堂々と載せられるようになること」でした。


自分の仕事を映像として見返しながら、

なぜこのヘアスタイルは魅力的に見えるのか。

人は何に惹かれて、「この人に切ってほしい」と思うのか。

そんなことを、ずっと考えていました。


つまり私は、

他人の主観を借りられない代わりに、

自分なりに客観性を持って仕事を観察できる「仕組み」を作ろうとしていたのだと思います。


美容師は、最終的には一人でサロンに立ちます。

誰かが隣で、「ここまでできたら合格」と決めてくれるわけではありません。

自分の仕事をどこで「よし」とするのか。どこを目指し、何を美しいと思うのか。

その基準は、結局、自分自身の中にある。

私は、「うまさ」とは、目標とする完成度に対して発揮されるもの。

なのではないかと思っています。


そして、その目標を誰が設定するのかといえば、

それもまた、自分自身の感情です。


だからこそ私は、自分が本当に「いい」と感じられるものは何か。

どんな時に「もっとこうしたい」が湧くのか。

その感覚を観察し続けてきました。



その活動を続けて8年。

「きれい」とは何か。

「上手い」とは何か。

再現性とは。

持続性とは。


気の遠くなるような数の概念と向き合いながら、

曖昧だった感覚を、体験を通して少しずつ言葉にしていく。

すると、行動目標が具体的になり、

「こうなったらいいな」

を、どうすれば形にできるのかを、考え続けられるようになりました。



今の私は、

「うまくなる」とは、

自分が作りたいと願ったものを、生み出せるようになること。

なのではないかと思っています。


そしてその土台には、

自分の意思を感じられること。

自分で目標設定ができること。

結果を客観視できること。

改善点を見出せること。

という、一連の積み重ねがある。

その状態に立てて初めて、

「うまくなる道筋に立てている」

と言えるのかもしれません。



もちろん、私自身まだまだ発展途上です。

作品に向き合うたびに、「もっとこうしたい」

は尽きることなく湧いてきます。

でも最近は、

「うまさ」を完全に定義することはできなくても、

「うまくなる仕組み」の中にいるかどうかは、定義できるのではないか。

そんなふうに思っています。

それを探し続けてきた8年間でした。

 
 
 

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