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うまくなる とは?

5月14日
読了時間: 4分



8年前、インスタグラムを始めたのは、カットモデルに出会い、研鑽を積み、「うまくなる」ためでした。

当時、息子は7歳、娘は3歳。

子供たちとの時間を優先したい時期でした。


その頃の美容業界には、

どこか「一人の力では上手くなれない」という空気があったように思います。


上手くなりたい。でも、子供とも一緒にいたい。

でも、一人では上手くなれないと言われる。


本当にそうなのだろうか。




私は昔から、趣味で絵を描いていました。

ただ一人で紙に向かい、思い描いた絵になるまで、手を動かし続ける。

その作業自体が好きで、ただ夢中で描いていました。


当時の私は、「上手くなりたい」というより、

「ああ、これいいなあ」

という感触を追いかけていたのだと思います。


ありがたいことに、絵が売れたり、イラストの仕事をいただけることもありました。

でもその頃の私には、「上手いとは何か」という明確な定義はありませんでした。



そんな時、あるイラストレーターが、

自分の絵を一週間ほど目につかない場所にしまい、

先入観が消えた頃に見返して、クオリティを確認する。

という工程を経ていることを知りました。


それを聞いて私は、

「自分の作品を、できるだけ客観的に観察する」

ということを意識するようになります。


描いたものを見返し、どう感じるか。

そこから次に湧いてくる、

「もっとこうしたい」を観察する。


その感覚を、美容の仕事にも持ち込みました。

インスタグラムの投稿やストーリーに、

カットさせていただいた方々の写真や、練習ウィッグを載せていく。


その中で私は、

切らせていただいた方の存在感や表情が、「素敵だな」と感じられるか。

このカットを、「これが私の仕事です」と胸を張って言えるか。

それを基準に、作品を上げるようになっていきました。


当時の目標は、

「切らせてくださるすべての人を、作品として堂々と載せられるようになること」でした。


自分の仕事を映像として見返しながら、

なぜこのヘアスタイルは魅力的に見えるのか。

人は何に惹かれて、「この人に切ってほしい」と思うのか。

そんなことを、ずっと考えていました。


つまり私は、

他人の主観を借りられない代わりに、

自分なりに客観性を持って仕事を観察できる「仕組み」を作ろうとしていたのだと思います。


美容師は、最終的には一人でサロンに立ちます。

誰かが隣で、「ここまでできたら合格」と決めてくれるわけではありません。

自分の仕事をどこで「よし」とするのか。どこを目指し、何を美しいと思うのか。

その基準は、結局、自分自身の中にある。

私は、「うまさ」とは、目標とする完成度に対して発揮されるもの。

なのではないかと思っています。


そして、その目標を誰が設定するのかといえば、

それもまた、自分自身の感情です。


だからこそ私は、自分が本当に「いい」と感じられるものは何か。

どんな時に「もっとこうしたい」が湧くのか。

その感覚を観察し続けてきました。



その活動を続けて8年。

「きれい」とは何か。

「上手い」とは何か。

再現性とは。

持続性とは。


気の遠くなるような数の概念と向き合いながら、

曖昧だった感覚を、体験を通して少しずつ言葉にしていく。

すると、行動目標が具体的になり、

「こうなったらいいな」

を、どうすれば形にできるのかを、考え続けられるようになりました。



今の私は、

「うまくなる」とは、

自分が作りたいと願ったものを、生み出せるようになること。

なのではないかと思っています。


そしてその土台には、

自分の意思を感じられること。

自分で目標設定ができること。

結果を客観視できること。

改善点を見出せること。

という、一連の積み重ねがある。

その状態に立てて初めて、

「うまくなる道筋に立てている」

と言えるのかもしれません。



もちろん、私自身まだまだ発展途上です。

作品に向き合うたびに、「もっとこうしたい」

は尽きることなく湧いてきます。

でも最近は、

「うまさ」を完全に定義することはできなくても、

「うまくなる仕組み」の中にいるかどうかは、定義できるのではないか。

そんなふうに思っています。

それを探し続けてきた8年間でした。

 
 
 

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