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無価値観 欠損感を埋めるのは行動と実証しかない

数年前

子育てや生活にストレスを感じ

半ばパニック状態で日々を過ごしていました


我慢の限界に達した時

まだ小さな息子を怒鳴りつけてしまったことがありました

声を上げずに震えながら涙を堪える息子の背中を直視した瞬間

自分自身の行いにがっかりし

自分自身を強く強く否定したのを覚えています

その頃から自分を変えるために

あらゆる行動を起こしてきました

学ぶほどに自分の無知を知り恥を感じることばかりでした


一見前向きな「向上心」のようでいて

その実は「ない」ものを埋めようとする焦りと

子供への罪悪感が学ぶことへの原動力になっていたのだと思います


新しいスキルを手に入れても

満たされるのは一瞬で

すぐまた自分の在り方を疑い

さらに上回る何かを求める


身体においては「脱力」を極めたいのに

形を追いかけて力んでいる

不自然さを感じるものに着目し苛立ったり

何かしらの不調和が起きていることは感じていました


いよいよその「欠損感」と向き合う時が来たのかもしれないと

その存在を認めることができました


恐らく

これまでに向き合ってきた中で1番苦しいものかもしれません

今の私を作ってきてくれたものを

手放したらどうなるのだろうという恐怖感

それこそ向上心を持たない私は

無価値な存在になってしまうのではないかと

また子供を傷つける親になってしまうのではないかと


ですが今 文字を打ちながら

静かに向き合えている自分がいます


この4年カウンセリングを通して

一つずつ

時間をかけて様々な自分と向き合ってきたことで

根っこに向き合う勇気が育ってきたのだと思います



気づきをくださったお客様とカウンセラーさんが

「もうその支え方じゃなくても大丈夫」

沢山学んできた今なら

欠損感が無くとも 今の自分でいられることを信じられるし

決められるよね


はっとしました

確かに今の私は当時の私とは

知識も経験も 身体を通して行ってきたこと

人と共有してきたことも

何もかもが違っていて

考え方 技術が技能として落とし込まれてきたと思えるのです


自信を持つ

と一口に言っても

わたしは簡単に自分を信用できなかったし

これからもその姿勢は変わらないと思いますが


なにより

価値や自信というものも単なる概念に過ぎず

人から与えられるものでも

自分が定めるものでもない

本来は身体で感じる

地に足のついている「感覚」であって


それは繰り返し

身体を通して行われることによって

確かな感触として落とし込まれるものなのだなと思い至りました



今後は

子供への罪悪感や贖罪の気持ちからではなく

心から楽しみながら


彼らが自分自身の決断と行動で

自分というものを創り上げていく手伝いをできるようでいたいと

決意できました


自分の決断と行動で人はいつでも変わることができます

なにより自分がそう在ることで

彼らに少しでもいい影響があることを願っています

 
 
 

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