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ニューヨークドライカットで体験したこと

私の髪は多くてくせ毛 くるくるとしたウェーブになるほどでもなく

モワーと広がるタイプの髪です


私は幼少期の記憶がほどんどなく 小学5年生頃からのことしか覚えていないのですが

小学3年生くらいの頃に母にカットしてもらいショートヘアになり

その時にトップがもっこり丸みを帯びるのが嫌で仕方なかったことだけは覚えています


今思えば 母のカットはとても丁寧だったのですが

当時広まっていたカット技法では 私の髪はもこもこ膨らみ

野暮ったくなりやすく どうにも気に入りませんでした

おでこが広いため前髪の量は少なく 湿気でうねる

隙間ができるとやたらにおでこが広く見える・・


それ以来 髪を下ろすことなく常にピチッと結ぶ 前髪も伸ばしてしまいこむ

それが一番浮き沈みなく安心して過ごせるヘアスタイルでした


中高生の頃には身長も170センチ近く

身体に合う服がなかなかみつからない

買い物に行けばイライラ おしゃれをいている人を見れば

「チャラチャラしやがって」と悪態をつくほどに

ヘアスタイルやファッションに対しての期待を封印したのはこの頃でした


21歳の頃 ニューヨークドライカットの美容師向けのセミナーが行われ

ヘアカットモデルをやらせてもらいました

初めて山根英治さんにカットしていただいたのです


人生で初めての「ベリーショート」

多毛で膨らみやすい私の髪が 膨らまない うねらない

手ぐしで自在に毛流れが変わり どう動かしてもカッコよく決まる

伸びてもずっといい感じ・・

誰に会っても褒められるし シンプルな服でいても褒められる


衝撃でした

自分にもこんな体験ができるんだ・・と


一生 ファッションに縁がない人生を送るんだろういう閉塞感から

わたしにも「選べる」んだという希望にシフトしたんです


山根さんにカットしていただいて 何より感じたのは

「ヘアスタイルではなくて わたし自身の存在感が高まった」ことです

他のモデルさんたちを目にした時にもそう感じていました


色や形 ヘアスタイルが目に入るというより

切られたご本人のお顔がより美しく 佇まいも変わり

なにより「調和」している印象


ニューヨークドライカットを学ぶようになるのは

それから6年後のことですが

わたしが人の髪に向かう時 ヘアスタイルを探す時

常に念頭に置いているのは

「ご本人の存在感が増すこと」

「ご本人と調和していること」です


山根英治さんにカットしていただいたことで体験できたことが

今もわたしの仕事の軸になっています


ファッションというものへの認識も変わり

着飾ることはもちろんですが

「自分らしく」いられることの気持ちよさを大切に

楽しもうと思えるようになったのもニューヨークドライカットのおかげです


そんな体験をお届けできるよう日々カットに向かっています







 
 
 

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