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基本と応用 個人が提唱するメソッドとの付き合い方

更新日:1月21日

基本について


基本とは物事を組み立てたり応用したりする際の中心的な考え方を指します

基本姿勢と言い換えてもいいかもしれません


ニューヨークドライカットにおいて 創始者がヘアスタイルに対して

求めたクオリティを達成するために

見出された工程が基本動作だとわたしは考えています


髪の毛が自然な状態で落ちる位置を割り出すために準備する 

そのために

ブロー ドライ アイロン・・という工程が導き出され

現在も名称を使用する責任を担うスタイリストの間で実行されています


基本動作の中にこそ

この技術を選択したスタイリストたちに通底する

ヘアスタイルに求める「クオリティ」が

「姿勢」が同時に宿っていると言えるのではないでしょうか




応用 



個人が見出すメソッドは目的や条件によって各個人が見出す応用技術です

「基本」をベースに付け加えられる「対処の仕方」です


どんな技術にも「目的」があります

目的があり 方法が見出されるという順番です



「応用」は

時間制限や効率など

そのほかの目的を達成するためにアレンジされたものを指します


基本動作に宿る目的とは別の場所に到達点が置かれています




個人が提唱するメソッドとの付き合い方


「目的」がどこに置かれているかによって

いま自分が行なっていることが基本なのか応用なのか

その意味が変わり到達点も変化します



個人の身体感覚や切られる人の条件の違い

サロンワークという価値の交換が行われる場では

ヘアスタイル作りにおける目的や到達点の落とし所の違いによって

導き出される「方法」は変わるもので

普遍的に用いることができるものではありません




よく起きるのは「目的と手段の入れ替わり」です


自分の行いが今何を目的としているのか自覚が曖昧になると

基本がどこかへ消え

アレンジにアレンジを重ね

その技術を学ぶに至った本来の目的が見えなくなってしまいます


基本と応用

目的と手段


これらの違いを意識しておくことは最も大事な基礎になると思っています

※目的となる「クオリティ」を定義するには また別の機会に書きます






 
 
 

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