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忘れたくない前提①

人は同じものを見ているようで 違うものをみているということを知る

 その上で 自分のものの「見かた」を自覚する

自分の ものの見かた=メガネ



人はそれぞれ違うメガネをかけて世界を見ている

アドラー心理学ではそれを主観的な世界とか私的論理と呼ぶけれど

要するに同じものを前にしていても人は同じものを見てはいないということ


事実そのものを見ているつもりで

実際にはこれまでの経験や身体感覚選んできた行動や立ち位置を通して

編集された世界を見ている


師匠の仕事を前にしたときそこに含まれている情報はひとつではない


技術 構造 判断 間 身体操作 関係性 思想


それらは同時に存在しているけれど同時にすべてが立ち上がるわけではない


どこが先に見えるかどこに価値を感じるかは

その人がかけているメガネによって決まってしまう


アドラー心理学の言葉で言えば

人はそれぞれ異なるライフスタイルを持っていて

そのライフスタイルに沿って意味づけをし

価値を見出し目標を設定している 


だから同じ師匠の仕事を見ていても


ある人は再現できそうな構造に価値を見出し


ある人は言葉にならない身体の動きに惹かれ


ある人は到達点としての象徴性を目標にする


ここで起きているのは理解力の差でも感性の優劣でもなく

ただどんなメガネで世界を見ているかが違うということだけ


価値が分岐していくのは仕事が複雑だからでも

説明が足りないからでもなく

人間が本質的に主観的な存在だから起きる


そして多くの場合自分がどんなメガネをかけているかには無自覚なまま

その読み取った価値を目標だと思い込んで進んでいく

そのまま進んでいくと

技術を手段として扱っているつもりでも

気づかないうちに 技術そのものが目的にすり替わってしまうことがある



だからこそ何を学ぶかよりも その前に自分は何を価値として受け取っているのか

そこに立ち止まってみる必要がある


それは師匠を疑うことでも距離を取ることでもなく

自分の立ち位置を知ろうとするとても重要な行為だと思う






 
 
 

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