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忘れたくない前提③

1月21日
読了時間: 2分

更新日:3月6日

「言葉の役割」「言葉を定義する」ことの重要性


技術者が技術者にノウハウを伝えようとするとき

そこでは技術そのもの以上に

人の見ている世界の違いが強く影響している


そもそも人はみんなそれぞれ違うメガネをかけて生きている


同じ技術を見ていても 同じ言葉を聞いていても

どこに価値が立ち上がるか 何が重要だと感じられるかは 人によって違っていく


ノウハウを伝える側にとってその技術はすでに

目的と手段が分かちがたく結びついた身体の行為として存在している

なぜその判断をするのか なぜその順番になるのか 


それらはいちいち言葉にされない場合がある

時間制限や誤解なく伝えるためには膨大な手続きが必要になるため

多くの場合ではそれらを網羅するための余裕がないことが多い



一方で

受け取る側がまず掴むのは 

形 手順 言語化されている部分


ノウハウは再現できそうなもの 持ち帰れそうなものとして切り取られる


この時点で 目的よりも先に手段が立ち上がりやすくなる


本来はある目的に向かう途中にあったはずの操作が

独立した価値を持ち始め

いつの間にか目標そのもののように扱われてしまう

ここにメガネの違いが重なる


どこを価値として読み取るか どこを自分の目標に設定するかは

無自覚なままその人の経験や 身体感覚によって決まっていく


その結果同じノウハウを学んでいるはずなのに

向かっている地点が少しずつ 確実に分岐していく


身体感覚はコピーできず

判断の文脈は省略され

経験の厚みは言葉からこぼれ落ちる


ノウハウは常に削ぎ落とされた形で受け渡される


だからこそ ここで初めて言葉の役割が立ち上がる


言葉は正解を決めるためのものでも 感覚を縛るためのものでもない


何を目的としているのか

いま話しているのは目的なのか それとも手段なのか


その前提を補足し互いのメガネの違いを浮かび上がらせるための

暫定的な装置として言葉が必要になる


言葉の定義化や共有とは同じ理解に到達するためではなく

同じ場所を見ていない可能性を確認し続けるためのプロセスとして

言葉の定義化と共有 確認作業が欠かせないのだと思う


※この文章を読み返していて

そもそもこの問いも 具体的なケースを用いないと

抽象的すぎて宙に浮いている感じがしたので

また追記します





 
 
 

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